妻と一緒に妊活待望の子を授かった 井岡弘樹さん
誕生の瞬間は感動で涙 検査したから今がある
井岡弘樹さん・絵美さん夫妻は友だちの紹介で知り合い、2003年に結婚。すぐに絵美さんは妊娠します。しかし、そのときは心音が聞こえず、流産という悲しい結果に。弘樹さんは「負担をかけてしまったのかな」と、絵美さんに対して申し訳ない思いでいっぱいだったそう。 その後、夫婦間にはなんとなく険悪なムードが……。数年間子どもが授からず、お互いに口には出さなくても、「なんでできないの?!」と思っていました。弘樹さんはずっと子どもが欲しいと思っていたものの、病院の検査には消極的。絵美さんが「2人で検査に行こう」と言っても、「おれが悪いって言うのか!」と怒鳴ってしまったこともあったそうです。そんなとき、弘樹さんが会長を務めるボクシングジムのスポンサー企業から「いい病院を紹介するから、行ってみないか?」とすすめられ、2人で検査を受けることに。そこで、弘樹さんは思いがけない診断を受けることになります。「僕の精子の数が極端に少なくて、運動率が低いと伝えられました。現役時代には厳しい減量もしましたし、体脂肪率が1%だったこともありますから、その影響もあったようです」と弘樹さん。そのときはショックで、絵美さんも「言葉をかけられないくらい落ち込んでいました」と話すほど。
しかし、すぐに気持ちを切り替えて、2人の妊活がスタートします。人工授精のあと、1回目の体外受精で絵美さんは息子さんを妊娠。待ちに待った赤ちゃんの誕生に立ち会った弘樹さんは、「生まれてきた瞬間は、うれしくて感動して、涙がこぼれました」と言います。
夫婦2人での妊活を振り返って、「たくさんケンカもしましたし、正直、離婚危機かなと思うこともありました。でも、それを笑って話せるのは、幸せな今があるから。やはり、医学的に判断してもらうのがいちばんです。結果を突きつけられるショックはありますが、治療すればいいんです」と弘樹さん。男性がもっと妊活に積極的になれるよう、自身の経験を公表し、応援をしています。
妊活を始めるMen'sにメッセージ
僕の場合、病院に行ったことが大正解でした。あのときの行動がなかったら、今、こんなに大事な子どもとは出会えていませんから。ほんの少しの勇気が、幸せな未来につながりますよ